大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1543号 判決 1969年6月28日
控訴人
(附帯被控訴人)
株式会社
和歌山相互銀行
代理人
北村巌
外三名
被控訴人
(附帯控訴人)
杉原邑市
代理人
天羽智房
外一名
主文
本件控訴と附帯控訴とを棄却する。
控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。
事実
《省略》
理由
一控訴銀行梅田支店が、別紙定期預金一覧表記載のとおり、六回にわたり、預金方法欄記載の各送金小切手により、定期預金として預入れを受け、これに対し、預金者名義を「杉原邑市」とする六通の預金証書を被控訴人に交付したことは、控訴銀行において、明らかに争わないから自白したものとみなす。
二本件預金の預金者について争いがあるので判断する。
(1) 《証拠略》
(イ) 被控訴人は、繊維製品の売買と金融を業とする訴外林株式会社(以下訴外会社という)の経理係長代理をしているもので、訴外会社は、昭和四一年当時年六〇億円もの資金を導入預金として運用していた(その預金の期間はいずれも三カ月)。その方法は、訴外会社では、預金者を訴外会社とせず、被控訴人や訴外会社の社員個人の名義とし、被控訴人が、その預入れの手続をとることにしていた。
(ロ) 本件預金の第一回の分(定期預金一覧表1)の預金は、訴外会社と取引関係のあつた、いわゆる導入屋(媒介者)である訴外一見八郎から、謝礼金として日歩四銭による金三六万円の支払いをするから、控訴銀行梅田支店に金一、〇〇〇万円の預金をするよう勧誘をうけ、被控訴人は、訴外会社の社長訴外森茂の承諾をえ、一見八郎から、みぎ謝礼金を受けとつた後同表1欄記載の送金小切手を持参して、一見八郎と同道のうえ、控訴銀行梅田支店に赴き、そこで、訴外木下俊文と落ち合い、木下俊文から、同支店次長訴外阪田静亮に対し、「これが預金する人です。」と紹介され、被控訴人自身も名を告げて、預金申込書と持参の小切手を差し出し、阪田静亮から、被控訴人を名義人とする定期預金証書を受けとつた。
(ハ) 被控訴人は、同表の3、6、の各預金をするについて、自ら控訴銀行梅田支店に赴いたが、同表の2、4、5、の三回については、その部下である訴外伊藤勝正を被控訴人の使者として同支店に行かせて各預金をしたもので、これらの定期預金証書の名義人はいずれも被控訴人となつている。
(ニ) これらの預金の資金は訴外会社のものではあるが、被控訴人は、訴外会社から、訴外会社の金を引き出して控訴銀行梅田支店に被控訴人名義で預金し、三カ月の期間がたてば、控訴銀行から返還を受け、それを再び訴外会社に戻し入れることの委任をその都度受け、委任事務の処理として、本件預金をし、本訴を提起している。
(ホ) もつとも、本件預金の預金申込書と定期預金証書には、訴外会社の社長印が届出印鑑として使用され、また預金申込書の預金者の住所として、訴外会社の代表者がその代表取締役を兼任している訴外林紡績株式会社大阪支店の住所が記載されている。
(2) 以上認定の事実関係からすると、被控訴人は、その所属する訴外会社から、訴外会社のため被控訴人の名前で控訴銀行梅田支店に対し本件預金(合計金一億一、〇〇〇万円)をするよう委任を受け、自ら、又は部下の伊藤勝正を通じて、控訴銀行梅田支店に対し、期間をいずれも三カ月、利息年四分の定めで、定期預金の預入れをし、その証として被控訴人名義の定期預金証書の交付を受けたものであるから、本件預金の預金者は被控訴人であるとするほかはない。そして、このことと、届出印鑑が社長印であるとか、住所が前記認定の住所であるとかいうこととは矛盾するものではない。そのわけは後記認定のとおり同支店の支店長であつた訴外岩中賢次は、本件預金がいわゆる導入預金であることを知つて受け入れたのであるから、預金者を梅本昌男またはその関係者であると考えたというのは、単なる言いのがれにすぎず、本件預金の定期預金証書を被控訴人名義にしたことを手掛りに、本件預金の情況を考えたとき、届出印鑑が社長印であることや、住所の違いは、本件預金の預金者を決定するについて重要ではないといえるからである。
(3) なお附言すると、梅本証言によると、本件預金については、梅本昌男、岩中賢次の腹心の部下山田某との間で秘密裏に行なわれたもので、阪田静亮は関知していなかつたことが認められるから、原審証人阪田静亮の証言中預金者に関する部分は、証拠価値の乏しいものとしなければならない。
三控訴銀行の抗弁についての判断
(一) 控訴銀行は、本件預金は弁護士法、信託法に違反すると抗弁するが、前記認定のとおり、被控訴人は、訴外会社の社員として訴外会社の委任を受けて自己の名前で預金をしたにすぎないのであるから、これが弁護士法や信託法に違反する理由は見出だし難い。
したがつて、この抗弁は採用に由ない。
(二) 本件預金は、「預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下単に導入預金取締法という)に違反し、しかも刑罰をもつて禁止されているから、民法九〇条、七〇八条によつて、控訴銀行には本件預金の返還義務はないとの抗弁について判断する。
《証拠略》
(イ) 岩中賢次は、昭和四一年三月二三日控訴銀行梅田支店で、暴力団柳川組幹部梅本昌男およびその支配下にある訴外大建工商株式会社(以下単に大建工商という)の代表取締役訴外梶本保の両名から脅迫され、大建工商振出の小切手一通を受け取つて金五〇〇万円を、いわゆるちよい貸ししたのをはじめとし、同年四月九日から同年六月一五日までの間約四〇回にもわたつて、梅本昌男、または梶本保、あるいは両名から、柳川組を背景に脅迫され、大建工商が手形小切手を過振りしたのを貸金の形で決済をつけさせられ、そう額は金二億数千万円にものぼつた。岩中賢次が、これを同支店の正式の帳簿に記帳しなかつたことは勿論である、
(ロ) 当時、控訴銀行の資本金は金八、〇〇〇万円で資本準備金一億円余り、大口貸付の枠は金二、五〇〇万円であつた。したがつて、岩中賢次は、権限をはるかに越える不正貸出しをしたことになり、その回収に苦慮し、梅本昌男に善処方を求めた。
(ハ) 梅本昌男は、同年三月ころから、金融業者である木下俊文に依頼して、控訴銀行梅田支店に導入預金をして貰い、岩中賢次と打合せして、この導入預金を見返えりに前記の過振りをしていた。岩中賢次としては、梅本昌男に預金の資力がないことを知つていたので、大建工商のためになされる預金が導入預金であることは判つていた。したがつて、岩中賢次は、これらの預金について正式の担保権を設定したことはなかつた。
(ニ) 本件預金も、大建工商に金融をえさせるため被控訴人によつてされた導入預金であるが、その成立過程は次のとおりである。すなわち、
大建工商は、控訴銀行に多額の過振りを認めさせたので、預金をする必要に迫られ、大建工商の実質上の支配者であつた梅本昌男は、金融業者木下俊文に、裏金利日歩五銭の謝礼金を支払うことを条件に控訴銀行梅田支店に預金して呉れる者を世話するよう依頼した。木下俊文は、導入屋一見八郎にこの話をもちかけ、謝礼金として日歩四銭五厘を出すことを約束した。一見八郎は、被控訴人に対しこの導入預金の勧誘をしたが裏金利として日歩四銭の約束をした。被控訴人はこれを承諾して本件預金をしたが、控訴銀行梅田支店から融資を受ける者が、大建工商であることは遂に知らされなかつた。
(ホ) みぎ裏金利は、大建工商から木下俊文、一見八郎を経て被控訴人に支払われた。
(ヘ) 岩中賢次は、本件預金がいわゆる導入預金であることを知つていたので、これを担保とすることなく、昭和四一年六月二日から同月一五日までの間大建工商の過振りを貸金とする方法で、大建工商の小切手または約束手形を決済した。
(2) 以上認定の事実関係からすると、被控訴人は、一見八郎のすすめで、裏金利日歩四銭でいわゆる導入預金として、控訴銀行梅田支店に本件預金を預け入れたものであるが、この預金を利用して大建工商が控訴銀行から融資をうけることは知らなかつたわけである。
(3) 導入預金取締法二条一項は、「金融機関に預金等をする者は、当該預金等に関し、特別の金銭上の利益を得る目的で、特定の第三者と通じ、当該金融機関を相手方として、当該預金等に係る債権を担保として提供することなく、当該金融機関がその者の指定する特定の第三者に対し資金の融通をし、又は当該第三者のために債務の保証をすべき旨を約してはならない。」と規定し、四条は、これに該当する者に対し罰則をもつて臨んでいる。
船さて、同法二条一項の「特定の第三者と通じ」とは、預金者が特定の第三者と通謀し、預金債権を担保としないで、第三者に金融機関から融通をえさせる目的で、金融機関に導入預金をする場合は勿論のこと、更に、媒介者(導入屋)があるときには、預金者が、客観的にみて、媒介者を介して、特定の第三者と相関連共同している場合をも含む趣旨であると解するのが相当である。そのわけは、つぎのとおりである。
後者の場合、預金者は、媒介者があかさない限り、特定の第三者の名前は判らず、ただ自己の知らない特定の第三者があるとの認識にとどまるが、もともと、導入預金とは、預金者が、裏金利をえて媒介者の媒介する特定の第三者が金融機関から融資を受けられるよう、自分の預金が利用されることを承知しているもので、預金者の関心は、専ら裏金利をかせぐことにあり、預金を利用する第三者は誰でもよいわけである(導入預金をする者は裏金利の支払いがなければ金融機関に預金をしない)。媒介者の申込みに応じ、裏金利をえて預金者が導入預金をすることは、とりもなおさず、媒介者と特定の第三者との結びつきが当然予想されているわけで、預金者は、媒介者を介して特定の第三者と牽連性をもつ。ところが、このような場合にまで、預金者と特定の第三者との通謀を必要とすると、預金者と媒介者、媒介者と第三者との間にしか意思の疎通がないから、導入預金取締法の適用がないことになるが、これでは、媒介者の数を増し、預金者と第三者とを遮断して通謀できなくすることにより、たやすく同法の適用を免れるわけで、預金者と第三者の意思の疎通のないのが普通である導入預金について、それを禁圧しようとした同法の精神は全く生かされないことになり、この結論がわれわれの法感情に著しく反することは多言を必要としない。
したがつて、同法二条一項の「特定の第三者と通じ」の意味は、必ずしも預金者と特定の第三者との通謀を必要とせず、媒介者を介し預金者と特定の第三者との間に客観的に相関連共同関係が生じることで足りるとしなければならない。
(4) この視点に立つて本件を観ると、金融業者木下俊文は、大建工商が控訴銀行から導入預金をいわゆる見返りに融資を受けることを承知のうえで、大建工商のために導入預金をする者を世話しようとして、導入屋である一見八郎にその紹介の依頼をした。一見八郎は、これ亦多額の導入預金のため資金を運用している訴外会社の被控訴人に、控訴銀行梅田支店に導入預金をするよう勧誘し、被控訴人は裏金利をえてこれに応じた。そうして、被控訴人が本件預金を同支店にしたところ、同支店は本件預金を担保にとらないで、大建工商に融資したというのであるから、被控訴人は、一見八郎、木下俊文を介して大建工商と通じて、本件預金を、導入預金として同支店に預け入れたとするほかはなく、本件預金は、みぎ二条一項に違反することは明らかである。
(5) しかし、本件預金が、このように同法二条一項に違反していても、本件預金契約自体の私法上の効力は別問題である。
「本件は給付の原因たる行為の無効を主張して不当利得の返還請求をするものではなく」預金契約の「有効を主張してその弁済を求めるものである。それゆえ、第一次においては民法九〇条の問題であるけれども、要物契約である関係上不法な動機のための金銭の交付はすでに完了してしまつており、残るはその返還請求権だけであつて、この請求は何ら不法目的を実現せんとするものではない。それゆえ実質的には前記民法九〇条に関する私法理想の要請の問題ではなく、同七〇八条に関する諸要請の問題であり、その適用の結果は妥当性を欠く場合が多いのであつて、このことを考慮に入れて考えなければならない」(最判昭和二九年八月三一日民集八巻八号一五五七頁)。
本件において、前記認定事実からすると、控訴銀行梅田支店長岩中賢次は、大建工商に対し、資金もないのに、そして支店長の権限をはるかに越えて、金二億数千万円もの、いわゆるちよい貸し又は過振りを許したことに端を発したもので、それが梅本昌男や梶本保の脅迫によるとはいえ、極めて異常なことといわなければならない。岩中賢次としては、もつと初期の段階で本店と相談するか、警察に被害事実を申告するべきであつた。他方被控訴人は、裏金利をえて本件預金をしたとはいえ、控訴銀行梅田支店の前記事情を全く関知していないものである。
ところで、本件請求が是認されても、被控訴人はもともと出捐した金が返つて来るだけである(裏金利の利得の問題は別とする)が、もし、民法七〇八条を適用して請求が棄却されると、金一億一、〇九九万円もの損失をすることになるのに対し、控訴銀行は、自己の行員である岩中賢次の不始末を被控訴人に転嫁し、民法九〇条、七〇八条の適用をうけて、本件預金返還義務を免れ、これを前記ちよい貸し又は過振りによつて生じた未回収債権(約金一億七、〇〇〇万円であることが前掲梅本証言によつて認められる)に充当して、その損害を最小限度に食いとめようとするもので、本件預金が、このちよい貸し又は過振りの正式な担保になつていないことに想到するとき、それは、甚しく不法不当の利得をすることになるわけで、民法七〇八条を適用して控訴銀行に被控訴人の損失において利得させることと、同条を適用しないで、被控訴人に本件預金の返還請求を認めるのとでは、どちらが、社会的妥当性があるかは、自ら明らかである。すなわち、被控訴人が導入預金取締法に違反して本件預金をし法の許容しない裏金利をかせいだ不法は、控訴銀行の梅田支店長岩中賢次が、本件預金が導入預金であることを知りながら、担保にとらないでこれをいわゆる見返りに、大建工商に、独断で、多額の融資をした不法に比して問題にならない程度のものである。
これを要するに、被控訴人の本件預金は、導入預金取締法によつて処罰を受けることがあつても、国民生活ならびに国民感情に照し、反道徳的な醜悪な行為として、ひんしゆくすべき反社会性が認められないということである(最判昭和三五年九月一六日民集一四巻一一号二二〇頁)。
(6) 以上の次第で、本件預金契約自体私法上有効であつて、控訴銀行は、民法九〇条、七〇八条によつて、これが返還を拒む理由とすることはできないから、控訴銀行のこの抗弁も採用に由ない。
四被控訴人の附帯控訴についての判断
被控訴人は、附帯控訴により、本件預金の返還義務の履行として、各預金の満期日の翌日から、日歩五銭の割合による損害金の支払いを請求しているが控訴銀行と被控訴人との間に、日歩五銭の損害金を支払う旨の約束があつたことが認められる証拠はどこにもないし、被控訴人が主張するような理由で、損害金が当然日歩五銭になる至当性も見出だせない。
したがつて、損害金は、被控訴人が原審で主張し、原判決が認めた商事法定利率年六分によるのが正当であるから、被控訴人の附帯控訴請求は棄却を免れない。
五むすび
そうすると、本件預金総額金一億一、〇〇〇万円と、これらに対する各約定の三カ月間年四分の割合による利息金一一〇万円のうち利子所得税として源泉徴収される百分の十を控除した金九九万円、および各回の預金元利金第一回分金一、〇〇九万円、第二回分ないし第六回分いずれも金二、〇一八万円に対する各満期日の翌日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払いを求める被控訴人の控訴銀行に対する本件請求は理由があるから、これを認容した原判決は、結論において正当であつて、本件控訴は棄却を免れないし、被控訴人の附帯控訴も、前記理由で棄却するほかはないから、民訴法三八四条、八九条、九五条を適用のうえ主文のとおり判決する。(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)
定期預金一覧表
1
日時
預金額
期間
利息
証書番号
預金方法
昭和四一年
六月二日
一、〇〇〇万円
三ケ月
年四分
0/626
株式会社十六銀行一宮支店から、同銀行大阪支店宛同額の送金小切手による。
2
同年
六月六日
二、〇〇〇万円
同右
同右
0/630
株式会社東海銀行一宮支店から同銀行大阪支店宛同額の送金小切手による。
3
同年
六月一一日
同右
同右
同右
0/634
1と同じ、ただし金額は二、〇〇〇万円。
4
同年
六月一三日
同右
同右
同右
0/635
3と同じ。
5
同年
六月一四日
同右
同右
同右
0/636
3と同じ。
6
同年
六月一五日
同右
同右
同右
0/638
株式会社三井銀行兵庫支店から自己宛同額の送金小切手による。